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どこにいても、できること。

インターネットの恩恵に感謝して暮らす田舎での日々。

期限

生活

もう今平日の夜には全く約束ができない。確実なのは休みの日だけである。今ひとつだけ決まっている予定の日が不安で仕方ない。・・というような思いに折り合いを付けたいのだけれど、その期限を7月末にしよう。折り合いの付け方は三種類くらいあるが。「今とても健康に気を使っている」とか「物凄く本を読んでいる」とか「プライベートが充実している」とか、そんなぼんやりしたことを言い続けていても何も変わらない。少しずつとか言ってても、全く動いてないのとそんなに変わらない。本気にならないと全部誤差。感性も鈍くなる。「いいこと聞いたな~」とか思いながら何も見てないのと同じである。今のまま最高!って思っているならいいんですけどね。悔しいとか全然思わなくなったもんな~。それを成長と勘違いしていたけれど違うな。ぬるく生きているだけである。「今の自分一番好きなふり」である。慣れは危険である。

堀江貴文『本音で生きる』

生活

ひたすら電子書籍ばかり買っている最近ですが、本屋はやっぱりいいなと思います。全く興味がなかった本にも出会えますからね。ちょいちょい立ち読みもできるし。この本屋センスいいなあ~っていう所はたくさんあって、それはこの雑貨屋センスいいなあ~っていうのと同じで、知らなかった素敵な出会いを導いてくれる店員さんやお店のコンセプトがあるのですね。

というわけで、久々に山梨で本屋に行き、いつもより長居をしました。なんと、本屋でセールをやっていたんですよね。しかも結構欲しいなっていうものありました。(結局買ってないけど。)料理の本が多かったのですが、平均1,200円くらいのものが半額になってました。例えばSHIHORIさんの『作ってあげたい彼ごはん』シリーズとか。

それ以外でも欲しいなって思う本はたくさんありましたが、堀江貴文さんの『本音で生きる』はちょっと立ち読みして、キンドルで買いました。(この本屋においては、ここでちゃんと買ってるものもたくさんありますので!!リアル本屋では一番お金使ってます。今回はすみません!)

ここ『本音で生きる』に書いてあったことで、すぐ実行しようと思ったのは「とにかく情報をたくさん浴びる」ということです。そう、自分が興味ないニュースもどんどん見るということです。

考えてみれば、今の自分は「好きなことをする」を目標にしているけれど、それは「今好きと思っていること以外は、どんどん排除してOK」ということなんですね、自分が未熟にもかかわらず。私はこの音楽は絶対聴かないとか、このアイドルは絶対興味ないとか、この人の言うことはどうせ私とは合わないとか、そういうことはネットを見る間に一日10回以上は思っているな。もっとかな。多い日は何十回も思っているな。

でもそんな中にも、自分が変わるきっかけはたくさんあるかも。特に、新しいことをしたいとか思っているくせに、よく分からないことには触れたくないと思っている矛盾、ひどいな。

そういえば、私がかっこいいなって憧れる人って何かを試したりすることの敷居が物凄く低い気がする。そして何でも知っている。もう、私は今まで「それは興味ない」と言い放ってきたこと全てを反省したい。なんでそれをみんなが好きなのか、それをみんなが好きなことをどう思うのかくらいは考えてからにしろと思いました。そうだなーいろいろトライしているようなつもりで、ものっすごく狭いところでしか動いてなかったんだな。

これに付随してくるのですが、twitterで、自分と意見が違う人をあえてフォローするっていうのもいいなと思いました。まあtwitterに限らず、自分と違う意見に耳を傾け、どうしてそう思うのか、なんで自分は違うのか、そもそも自分は正しいのかって考えるのはやっぱり大事ですね。

居心地のいい場所と人と物とに囲まれてそれを守りたいだけなら、ひっそり生きていたらいいと思うんだけど、やっぱりそれってつまんないなっていうのは絶対にあって、じゃあ今のままじゃ全然だめなんだよね。

とにかくいろんなことを知ろう。自分が何も知らないことを知ろう。

この本はしばらく何度も読み返したいです。


今までどおりにいかないことがやってきたら。

生活

①時間ある、お金ある
②時間ない、お金ある
③時間ある、お金ない
④時間ない、お金ない

(時間、とは好きなことをしている時間という意味で。)

憧れは①、友達で多いのは①か②かなあ。

③はここ数年の自分。どんどん生まれるのはお金がなくても楽しめる工夫。

④だったのが東京に住んでいた頃。変わった理由は生活コストが下がったから。


という思いでわりと楽しく、危機感薄く「いつか好きなことをやりたいな~」って言いながらのんきに生きてきた私の生活が、最近物凄く健康に気を使い始めて、早起きしていいリズムを掴んだぞ♫とか言っていた私の生活が、ここ2週間くらいの間に「なんか上手くいかないな~」という不穏な空気におびやかされはじめた。

せっかく家がどんどん居心地良くなって、読みたい本とかやりたいこと(家庭菜園とか料理とか)いっぱいあるのに消化できないなーと思っていたんだけど

私は今④になりつつある。いろんな人が読んでるので詳しくはあれだけど、これ、確実に④が定着しそうだ。まずい。これはまずい。

④ってほんとうに不毛だ。終わってる。意味がわからない。間違っている。

これは、あれだ!のんきに生きてきたツケだなあ。田舎快適すぎてちょっとのんびりしすぎました。

良いきっかけだ。

出かけたり、考えたり、いろいろ読んだりしているけど、「何かやってる」感が蓄積されていくだけである。アウトプットしていこう。

実は立ち尽くしているんだけど。

生活

1日短いなあ・・・というのが今の感想。

久々に2連休でした。昨日は午後から講演会に行く予定だったのだけれど、最近毎日帰りが遅くて家でやりたいことや、やらねばならないことが溜まっていたので思い切って行くのをやめることに。

昨日したことは
・来月に開催される吹奏楽の演奏会のプログラムを作る(しんどい、、、、)
・お昼ご飯をつくる
常備菜二種つくる
・サックスの練習
・『家族無計画』を読む
・ブログを更新する
・20~22時まで吹奏楽の練習
帰ってきてからだらだらネットしていたら24時前になってしまった。。。

今日したことは
寝起きがめっちゃ悪い
・めんどうな書類を書く
・お昼ご飯作る
・ガソリンを入れる
・役場へ行く
図書館へ行く
・スーパーへ行く
・借りてきた本を読む
・眠くなったので1時間寝る
・家全体に掃除機かける
・畑の草取り
・紫蘇を収穫して紫蘇入り肉味噌を作る
・今ブログを書いている
あれーもう21時台なのです。と思ったけど書いてみたら
けっこういろいろしていました。。。

さっき摘んだ紫蘇と、家でとれたキュウリのぬか漬けとかが食卓にあって、窓から見え夕焼けと山がとても綺麗で、ああああ、とても幸せだなあと思いました。ここだけ切り取ると。そういう一瞬があるっていうこと、というか幸せだと気づけることはいいな。

でも今も落ち着かない毎日で、そう、毎日ああでもないこうでもないっていうのを繰り返して、っていうのはまだ何ヶ月も続くんだろうな。今はそういう時期なんだ。今年中になんとかしたい。

【今日のメモ】

挽肉200gくらい・紫蘇15枚くらい・酒:砂糖:味噌=大さじ1:1:1くらい・生姜ひとかけ
いためて豆腐にのせてみました。もうちょい、しょっぱくても良かった

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今日の夕焼けf:id:sakelog:20160617213129j:plain

紫原明子『家族無計画』

cakesでの連載も読んでいましたが、こちらには書き下ろしもあり。何度読んでも面白くて、一気に読んでしまいました。

この本では、紫原明子さんが、結婚~出産~子育て~離婚~現在の生活などを、かなり詳細に・明るく・面白く・前向きに綴っています。ここに出てくる元旦那様とは、家入一真さんのことです。

中には物凄く辛い体験も含まれていると思うのですが、全部同じトーンで描かれていて、冷静に自分を見つめている描写が面白くて、本当に正直で優しい人だなあと思います。それは家入さんにも思いますね。私は二人とも大好きなんです。

家入さんの『我が逃走』を以前読んでいたので、あっほんとうに各々の視点からひとつの夫婦の生活が綴られているな~って思って読みまして、そしてこの、それぞれに魅力的なお二人は、やっぱり夫婦であって然るべきという相性をすごく感じるわけです。それが最終的に上手くいかないことも、切ないとかそういう感傷的な気持ちには全然ならなくて、人ってこういうものだよなって、そこにある悲しさも理不尽さも怒りも意味わかんないものも、ああすべてこうやって鎮座してるもんだよねって思っちゃう説得力がものすごい。

自分がここから受け取ったのは、安心感でした。自分もこんな視点で過去を振り返ってみようと思いました。


紫原さん、実は同い年なんです。そして私は結婚したこともなく、こどももいません。そしてもうそんな予定も永久に無いかなという気がしているのですが、この本を読むと、子どもっていいなあって思います。子どものいる人の日記を見たり・話をきいたり・実際に会ったりして、かわいいな~って思う機会は勿論たくさんあるのですが、これはぐっとくるなーって思ったのが、以下の部分。


紫原さんがふと言った「今日クッキーを焼いたんだ」という取るに足らない(しょっちゅう焼いているから珍しいことではない)一言に対して、子供が「上手に焼けた?」「あげた人は喜んでくれた?」と聞き返してくれたとき、自分が子供の頃お母さんにその日あったことを延々と聞いてもらっていたことを思い出して、泣きそうになったというエピソード。

私ひとりが枯れない泉を持っていなければならない、自分ひとりが延々と子供たちに愛を、生きる気力を供給し続けなければならないなんて。何て思い上がっていたのだろう。シミュレーションゲームの外、目の前にいる、私の生身の子供たちは、私が彼らの母親であるというだけの理由で、枯れかけた泉に無条件に水を注ぎ、優しく潤してくれるのである。


そっかあ。こどもっていいなあ。そんなこどもに自分はなれていたかな。自分が同じ体験を、というのはたぶん望めない気がするが、すくなくとも「いてよかった」と思われるこどもになることはできるかな。


他にも全く違うジャンルの話も出てきます。ふとした時に、何度も読み返したい。

理想の日本

生活 旅行

昨日某施設にて、ちょ~っとがっかりな対応があったのですが、その時考えたんです。

今までいろんな職場にいましたが、どこへ行っても「最近の新人はなってない」みたいな話は絶対にありますよね。まあいつの時代も、とも言える。その内容について考えてみたんです。

「私たちは100やろうとしているのに、新人は70しかやる気がない」・・・"なってない"の内容ってだいたいこういうことだと思うんです。

これがどうしたら解決するのかっていうことを考えていたし、昨日遭遇した出来事でいえば、この人は多分仕事嫌なんだろうな~どうしたら快く働けるんだろうな~っていうことなんですけど・・・・・・昨日、気づきました。


今の日本において、自分の仕事量・内容に対して、十分適切だと思える対価を貰っていたら、多くの人が今よりずっと頑張れると思うんです、プラスな気持ちで。今頑張っている人でも、更に生産性が上がるはずです。

逆に言うと、多くの人(私のイメージだと世間の7割以上の人)が、「不当な対価だけど、まあ生きていくってそういうことなんだよな」って思うことで、日本の安くてハイクオリティな物や接客が結構無理やり生み出されているんと思うんです。自分は日々疲れながら、やる気の無い新人とかに、私はやってきたのに!ってイラっとしたりもすると思うんです、たぶん。

もし「給料が安い」的な話をされたら、「仕事ってそういうもんだ」とか「社会ってそういうもんだ」って言ったりもしてると思うんです。

でも、"我慢することで対価が貰える"っていう考え方が、もう今終わりつつあるんじゃないかなと思ったんです。

そういう人間が揃っていたことで、最低限のコストで最高のパフォーマンスを生み出す手腕に長けていた組織は、同じやり方では成り立たなくなっていくんじゃないかな。

世に溢れる、「もっと給料高くてもいいのにな~」は大体正しくて、それを表に出さずとも一定のクオリティを保つことが「でも、社会とはそういうもんだ」で片付けられる人間で成り立ってきた社会はもう、終焉なんじゃないかな。実は今、素直に「不当だ」を言える人が正しいんじゃないかな。

業界で、社員満足度NO.1を目指すぞってなったら、顧客満足度NO.1は、きっと付随してくるはずだ。そしてお金たくさん貰ったらたくさん消費するしな。っていうプラスのサイクルを、いっせーのせで始められませんかね、日本。経済とか全然分からないんで完全なる妄想ですが。

【今日のメモ】
来月からオーストラリアに半年行っちゃう友達に会いに、富士吉田方面へ行って来ました。最近梅雨なのに天気良かった、、、、のにこの日は雨。富士山見えませんでした。

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雲の中に富士山が、、、、。

絶対また行く!!

でも本当に楽しいひとときでした。



家が好きになって。

旅行(と言っても最近は東京くらいしか行ってないけど)、となると、以前は早起きしてなるべく遅くまで、目一杯時間を使いたいと思っていたのですが、最近は家にいる時間も楽しくて大事なので、出発の日は朝遅め(8~10時台)、帰宅の日は帰りを早め(19時~21時台)にしたいなっと思うようになりました。旅行じゃなくても、買い物に行ってもそうですね。


わざわざ交通費などをかけて出かけるので、現地滞在時間が長くないと損みたいに思ってしまうのですが、最近は家にいるのも大好きなので、日々のリズム・やりたいことがなるべく崩れないことが心地いいなと思います。部屋が汚いまま出かけてしまうとなんか落ち着かないし、帰って荷物を解く時間もなく睡眠時間も短く明日すぐ仕事っていうのも落ち着かないし。

その分現地で使える時間は当然短くなるんですけど、「ここに来たらここに行かなきゃ」というのはだいたいあきらめようと思って。1つか2つだけ「ここは」というところを決めたら、あとはまた次回の楽しみにとっておけばいいかなと。旅行の時間も家にいる時間も同じくらい楽しいのでそう思えます。

そういえば、大学生の時に「今しか行けないから長期の旅行は行っておけ」みたいなことを色んな人にすごく言われたけど、そんなことないよね。その時自由時間が取りやすいのはたしかだが。

まあ現状、今日思いたって、来月行こうとはできないけれど、絶対行けないなんてことはない。かつ、今日行こうって思って来月には実現できるように生きたいな。いつかできるはず。っていうか大学生の時しか行けないなんてそんな人生やだな、ってなんで切り返さなかったんだろうな。働くとはそういうもんだと思ったんだろうな。

再就職