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毎日が好き

好きなことだけしかしない日々を目指して。

全ての生き方に存在する理由

生き方・日常・社会問題

・人を羨む
・人の話を聞かない
・人の時間を気にしない
・人の気持ちを考えない
・自分のことばかり喋る
・プライベートに踏み込む
・暗い発言ばかりする
・自分を良く見せようとする
・ネットで上から目線な発言をする
・求められていないアドバイスをする


これが全部揃っていたら本当に嫌なやつだなあと今見ても思うが、だから私は本当に嫌なやつだったのだと思う。これは過去の私であり、過去の自分の、人としての生きにくさの所以だ。(もっともっとあったと思うが、とりあえず今一瞬思いついただけでも。)

今でも私に上記の要素は多々あると思うが、少なくとも今こうやって客観的に振り返ることができるようになったのは、考えられない進歩だ。そのくらい酷いレベルで多くの人を不愉快にさせて生きてきた。できることなら被害を被った全員に直接お詫び申し上げたい。それでも今友だちでいてくれる人たちには心から感謝申し上げたい。


他人から理解されないことを大事にしたいと言っている人がいる。「僕らは少数派だけれど、真実を知っている」と言う。私もそれが真実だと思う。そう主張するその人たちが好きだ。

そのたち人は、私が最初に挙げたような人間を、忌み嫌いシャットアウトする。全く想像に難くない行為である。当然だ。そりゃあ不愉快である、私だって。

だけどずっと腑に落ちなかったことがあって、今日ふと思ったのだ。


私は過去の自分の生きにくさの要素を「病」と思うことにしている。一般的にそう言っていいのかは分からないが、私にとってはやまいであったのだ。

そしてそれはどんなに人を不愉快にさせていようとも、いや、させているからこそ「そこから救われるべき病」なんじゃないかと思った。私の好きな人たちが忌み嫌うこの人たちも(過去の私も)、同様に救われるべき人なんじゃないか。

というのは、最初に列挙した多くの人を不愉快にさせるような行動にも、全部原因があるし、治すことは十分に可能だと思うからだ。

ものすごく簡単に言うと、私はプライドを捨てたら大変に生きやすくなった。自分を実力以上に見せようとする必要はなくなり、他人の素晴らしさを素直にただフラットに受け止められるようになった。

そうなるまでにはとても時間がかかったし、何かを学んだその日から180度考え方が切り替わるとかそういうものではない。徐々に進み、また後退し、いつしか昔よりは楽に生きられているなあとぼんやり思う日が続き、そんなことも意識しなくなり年月が過ぎて、気づいたら10年前の5年前の自分とも全くマインドの違う自分になれているなあとやっと気づくような、そんなものだ。だけど私は、確実に病から救われたと思っている。


今この瞬間にも、残念だなあと思う発言を多々目にするし(これは時代だから余計にそう思う機会が多すぎるのだけれど)、でもネット以外の実生活でも不愉快な人にはそれなりに会う。というかしょっちゅう会う。

私は不愉快だと思いながら、でも、「すごくわかるなあ」とも同時に思っている。

なんで人を無駄に傷つけるのか、なんで人の話を聞けないのか、なんで後ろ向きな発言ばかりするのか、という言葉のあとに「理解できない」と言えることは凄く幸せなことだなと思うのだけれど、「理解できる」と思う自分がいてよかったなあと思う。物凄く消したい自分があるけれど、なかったことにしたい時代と人の記憶がどうにもならないことを思い返してたまに一瞬死にたくなるけど(すぐ復活するけど)、それが無い自分は考えられないなあと思う。

私はこれからの生活の中で、最初に列挙したような人に直接関わることがあったときは、できることなら一度、話を聞いてみたいなあと思う。もし、1ミリでも自分が話せそうな要素があったら、自分がこうやって今生きていることを、1ミリだけ伝えてみたいなあと思う。

のうのうと生きている自分の罪悪感を解消した話。

うしろめたい気持ちになることは本当にたくさんあった。

辛くて悲しくて怒りを覚える理不尽な出来事はこの世にたくさんあると思っていたけれど、思っていたよりもずっと溢れすぎていることを、これだけインターネット、特にSNSが発達してからよくよく知るところとなった。

理不尽な出来事に対し、そのひとつひとつに自分が向き合えないことに、自分は安全な場所に居て、のうのうと好きなものを享受し続けているだけの自分に、ずっとうしろめたさを感じていたのだけれど、ある時考え方を変えた。


私は以前嫌なことばかりの人生だった。学校や職場や家やいろんな人間関係、何より自分自身が本当に嫌で仕方がなかったのだけれど、いろんな人に出会い、自分の考え方もすこしずつ変える努力をしながら、気づいてみたら今、嫌なことは殆ど無い。というか一つ(今の仕事でそれもあと10回で終わる!)しかない。そう、もうすぐ嫌なことが何一つなくなるのだ。(細かく言えば出てくるんだろうけど、「毎日毎日心の中で確認してしまうような嫌なこと」という意味で。)

これからたぶん、過労で死ぬことは無いと思うし、深い悩みを抱えて鬱になることも、たぶん無いだろうなーと思う。周りの人に感謝して(たまに忘れるけど。思い出すけど。)、ひとからの適切なフィードバックは、心を痛めても素直に受け入れることができると思う。(たぶん。。。)

これは、なかなかに幸せなことなんじゃないかなと思う。普段「幸せー」とか言葉にしたりしないけど。いつもワクワクドキドキしてるとかそういうことでもないけど。

好きなことを仕事にしたい!しよう!と思っているので、思いついたことをどんどん試してみたいし発信したいと思っているけど、常に気持ちがめらめら燃えているというわけでもなく、わりと静かに淡々といろいろなことを考えている。そして問題もたくさんある。直近で手を打たなきゃいけないことが3つくらいある。

私が思う幸せは、それらのすべての中に嫌なことが何一つ無いことなのだ。耳が痛いことを言われることも、自分が言葉を尽くさないと解決できないことも、いけると思っていたことがダメになってしまうことも、そういったことに対して全部「次どうしよう?」と思えることが、自分が昔欲しくて欲しくてたまらなかった幸せなんだろうなーと思う。そしてそれは、叶ってみるとひどく地味なものである。


幸せについては本題ではなくて、最初の話に戻る。


自分が、この世の中で今この瞬間にも起こっているどうしようもなく悲しいあらゆる出来事に対して、いつも一瞬気にはとめる。それをいつしか忘れていることの罪悪感に対する、自分の折り合いの付け方だ。


私は、「何かを解決したい」という想いを「幸せを増やしたい」という想いに転換することにした。

時間は有限である。私は、難しい問題を、自分の力で解決の一助になろうとすることに時間を使うより、ひとが幸せだと思えるようなきっかけをもしつくることができるなら、そのために時間を使おうと思った。

そのためには自分が幸せであることが大きな力になると思うので、私は、自分が心を痛めた問題に全部向き合えなかったり、いつしか忘れてしまうことを悪いことだと思う時間を、人に楽しんでもらえることを考える時間にあてたいと思った。

残念なことだけれど、悲しいやるせない出来事がこの世からひとつもなくなることは、たぶん無いだろう。そういった問題に真摯に全力で向き合っている素晴らしい人たちには、本当に頭が下がるし、そんなことができな自分がだめな人間だなあと思っていた。

でも私は私で、問題を解決はできないけれど、誰かの幸せになるかもしれない小さな火を、すこしずつ増やして行きたいなと思う。


東日本大震災がきっかけで、自分の人生を見つめ直したという人は多いと思う。私もその時にたぶん初めて、ああ、自分は恵まれているんだなあと思ったし、その月から自分の収入の1%程度を募金に使おうと思った。

これがまた、募金を必要としている場所や団体も本当にたくさんあるわけで、勿論全部にできるわけなどないし、今一箇所だけ毎月カード払いにしているのだけれど、そこだけでいいのか?とかも考えてしまう。

だけど、要は日本全体で正しくお金がまわればいいのである。個人が特定の場所にお金を落とすことも大事ではあるけれど、別に募金はしなくても、良いと思ったものを適切だと思った対価で購入する、ということを心がけることが、日本全体で正しくお金がまわる、ちいさなちいさな、でも正しい一助になると思っている。それは募金をするのと同じような心持ちじゃないかなと思っている。


世の中に幸せを増やしたいとか、お金が正しくまわるようになってほしいとか思いながら私がやっていることは、広い湖の中に1滴ずつ水を垂らしながら、水かさが増えればいいなーと言っているようなものなんだけれど、そこに水を落とし続けている自分自身はどんどん変化していくんじゃないかと思っている。そして、世の中ももしかしたら、今誰も考えつかないようなものに大きく変わるかも知れない。

未来のことは何も分からないけれど、今怖いことは何もなくて、後ろめたさもなくて、ただできることを、謙虚に誠実に大切にやっていきたい。よく忘れるから、忘れないように。

なんでイベントをやるのか。

今月7~9日の間東京でいろんな人と会ってきました。本当は四国に行ったあと山崎を経由して戻ってこようという旅行を考えていたのですが、このあいだのイベントを終えて、今そんな悠長な旅行をしている場合じゃないな~と思って、反省と開拓の旅に行ってきました。

最終日は、かさこ塾で一緒だったkony美木さんとランチをしました。そしてイベントの反省や今後についての話をしていたのですが「午前中一緒のセミナーに参加していた人と会ったら、何か助けになるかもしれない。近くにいると思うから連絡してみるね~」と言って下さって、佳菜絵さんという方を紹介していただくことに!

佳菜絵さんは、『夢を叶えるサロン~Blue Rose~』を経営されているのですが、この日ちょうど私が麻布十番に行ったタイミングで2時間くらい空き時間があったので、初対面でしたがその場で1時間のセミナーをしていただくことに。

この1時間の間で、自分の中にあったたくさんの断片が全部きれいに繋がり、今やるべきことがはっきりしました。

私は、自分と向き合うということは結構してきたつもりですが、どれだけ自分と向き合っても、出てくるものには限りがあります。所詮自分なので。また、「フリーになりたい!」と言っている自分に対して、友人は皆「すごい」と言ってくれますが(やっている人があまりいないから)、フリーで実績のある人から見たら、当然ですが「全く話にならない!」という評価です。

今は「今の私がいかにダメであるか」を真摯に受け止め、かつ、”最も適切な方法”で頑張ることが必要だと思いました。

そもそも私は、「仕事」に対する概念が根本的に間違っていました。いや、分かっているつもりだったのですが、趣味・やりたいこと・フリー・仕事・生活と、いろいろな概念がごちゃ混ぜになっていました。

佳菜絵さんと話していてやっとたどり着いた結論があります。これまで、なんで自分がイベントをやりたいのか、という説明を「好きな音楽を多くの人に知って欲しい」と言っていましたが、それは正確にはちょっと違う、というかやりたいことの一部だったことが分かりました。

私が一番やりたいことは「コミュニティをつくりたい」ということです。

22歳の時、自分に自信がなくて生きているのが辛かった自分が救われたコミュニティがあって、それはたまたま同じ音楽が好きという共通点で自分が繋がれた場所でした。

「ダメな人間」と思っていた自分が、仕事も年齢も様々な人たちの中で、ただ一つの共通点があるだけで、こんなに楽しくて救われて、今まで気付かなかった自分の良いところを教えてもらって、誰にも言ってもらえなかった私に必要なものを教えてもらって・・・私はそこから大分人生が変わったと思っています。

それはもう10年以上前の話で、その時一緒だったメンバーも大半は結婚したり生活が大きく変わったり、そもそも共通の趣味であったそのバンド自体がもう活動をしていないので、今同じ目的で集まることはもう無いけれど、私をその場所に誘ってくれた人はもう、死ぬまで絶対ずっと大事な友だちだなあと思っています。

何か決まりごとがあるわけでなく、行きたいときに行き、話したいときに話し、離れたいときがあれば離れ、ブランクがあっても戻ってみたら同じ居心地がそこにあって・・・コミュニティとして存在するコンセプトはもっと突き詰めて考えなくてはと思うけれど、私は、私が救われたようなコミュニティをつくりたい。

(私は好きな音楽があるから、今は音楽イベントをやっているけれど、他にも好きなことがいろいろあって、ゆくゆくは音楽以外のイベントもやりたいと思っています。)

そして私が人にすすめたいと思う音楽は、それはそれで、自分の人生を変えるような音楽だったわけです。初めて聴いた時の自分の衝撃と、自分の人生の様々な場面で思い出してきた音楽と、だからもちろん音楽自体にも救われていたことと・・・そんな想いがあって聴いて欲しいと思っていたことを佳菜絵さんに話すと、「だったらそれをキャッチコピーにすればいいじゃないですか!?」と言われました。

「私がおすすめしたい音楽を聴いてください」じゃなく「人生が変わるかも知れない音楽をあなたに!」とか。

・・・なんでそんなことに気付かなかったのかなー。本当にそうだなと思いました。

ナカヤマのやってるイベントに行けば、いい音楽(ゆくゆくはいろいろなカルチャー)に出会えるはずだとか、楽しい人たちに再会できるとか、そう思ってもらえるイベントをつくりたい。それを、その日限りの場所じゃなく、そこで生まれた繋がりをコミュニティとして存在させたい。今わずかだけど、すでにそういうような思いでいてくれる人がいる。そこをどうやって広げていくかを考えることが今すべきことだと思いました。

私が今回のイベントに対してやってきた宣伝方法は、webでの告知・フライヤーを配る・置いてもらう・貼ってもらう・デモCDを配る・置いてもらう・送る・・・という、まあ多くのミュージシャンやイベンターが(CDを配る人は多くないかもしれないけど。)やっていることですが、それって、上記の層に届けたいと思っている私には、大分遠いやり方だと思いました。なんか違うんだよなーと思っていた気持ちは正しかった。

だったらどうしたらいいのかってことを考えたとき、やっぱり私という人間を知ってもらうためにいろんな場所に出かけていろんな人と会って、音楽イベントであれば、私がすすめる音楽を知らなくても、私がやることだから多分楽しそうだと思って来てもらえるような人間になることが大事だと思いました。そういう人間になりたい。

たくさん気づきがありましたが、今やっていることを振り返って、方向性はそんなに間違っていないんじゃないかと思いました。少なくとも北だと思って歩いていたら実は南が正しい方だったっていうんじゃないな。この半年やっていたことは、無駄なこともあったけれど、遠い道を通っていただけで、目指すゴールはそんなにずれてなかったと思います。

もう一度今日から始めよう。

2月25日のイベントを終えて

わたしのイベント 生き方・日常・社会問題

遅くなりましたが、先日無事にイベントを終えることができました。

東京に住んでいた頃は、2006年~2010年の間にいろんな場所でイベントを開催していましたが、山梨の実家に帰ってきて、いつか山梨でもイベントができたらいいな~とボンヤリ思いながらも、気づいたら5年の日々が過ぎていました。

そんなある日、友達に誘われて、地元の公園の大きな野外ステージで行われた音楽イベントに行き、山梨の自然の中で久々にたくさんの音楽に触れて、そうだ、以前はもっとワクワクしていたよなー、どうしようもなく楽しかったんだよなーってことを思い出し、よし、もう一度、今度は山梨でも開催しようと思って、去年の3月27日に第一回目を開催できました。

そこから約一年後、また同じ場所で、今回はダンデライオン(中西ヒロキ&中込伸行)さんと、Andare(去年は国吉亜耶子and西川真吾Duoとして)さんと、タテタカコさんにご出演いただき、遠くは千葉や東京や静岡などからも、たくさんの方にいらしていただき、素晴らしい時間をご一緒させていただきました。ありがとうございました。


一番目、ダンデライオンの中西ヒロキさんを知ったのはわりと最近で、去年の9月甲府に井上ヤスオバーガーさんのライブを観に行ったとき、お店に着いたら一番目の中西さんの最後の一曲くらいの時で、一曲しか聴いてないのだけど、すごく素敵な声がとても気になって、すごい人が山梨にいるんだなーと思ってました。その10日後ぐらいにまた別のライブを観に行ったら、対バンに偶然中西さんがいて、今度は全部ゆっくり聴けて、やっぱり素敵な美声だ~~!と感動して、CDを買ってその場でオファーをさせていただきました。

最初はソロの予定でしたが、同じバンドのメンバーでキーボード&パーカッションの中込伸行さんもご一緒に出演していただくことに!

中込さんのキーボードやパーカッションが、中西さんの繊細な声と世界観をぐっと鮮やかに広げていて、ほんとうに心地よい響きが溢れた素晴らしいステージでした。

あと、これは以前のライブでも聞いた時に、良いこと言うなあ・・・とずっと思っていたのですが、「音楽は人で人は心で心は生活」という言葉には、その時も何度も何度も心の中で頷いていたのでした。そう、私も道に迷いすぎて「これをやりたい」と思うものを見つけるまでにものすごく時間がかかったけど、基本的に人ができることがだいたいできない自分だけど、私は私のやり方で、今まで挫折してきた諸々のことを抱えた私ができることがある気がしていて、そんな自分を信じてやっていこうと思っているところに、深く響く言葉でした。そんな中西さんの曲がやっぱり好きです。ありがとうございました。

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二番目のAndare(アンデア)は、去年は国吉亜耶子and西川真吾Duoという名前で出演していただきました。新しい名前になったのは、去年の8月で、その時から、ギター二本とベースが入った五人編成だったり、それ以外にもいろんな編成で活動されています。

初めて五人編成を観たとき、同じ曲も物凄い迫力でかっこよくて、私はどっちも大好きで、今回もバンドで・・・とも思ったのだけれど、すごくすごくすごくすごく考えて、今回は二人が合うかなあ・・・・と思って二人編成でお願いしました。

初めて国吉亜耶子and西川真吾Duoのステージを見てからもう10年が経ちますが、ずっと真摯で真面目でブレない軸が大好きです。自分のここ10年という時間は、本当にいろんなことがあって、住む場所や一緒にいる人も自分の考え方も何もかも大きく変わり続けていった時間なんだけれど、そこにいつも二人の曲があって、年を追うごとに響く言葉や当時分からなかった歌の意味がなんとなく分かった気になったりしています。誰のどんな時にも寄り添える歌、そんな音楽な気がしています。是非山梨の人に是非聴いて欲しいとずっと思っていて夢が叶って、二度目もあって、とても嬉しかったです。ありがとうございました。これからも続いていったらとても嬉しいです。

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三番目のタテタカコさんは、映画『誰も知らない』の主題歌「宝石」を聴いた時から大好きだったけれど、お話することもずっとできずに、オファーもできずに、でも去年、もうここにお願いするのはタテタカコさんしか考えられないと思って、ものすごく勇気を出して意を決してお願いしたら、快くご承諾いただき、そして引き続き今年もご出演いただけてとても嬉しかったです。

新しいアルバム『業』もそうだけど、タテさんの曲には、自然の中で自分が解放されていくような伸びやかさがあって、やさしい曲も激しい曲も、聴いていて心が癒されていきます。桜座に、ただ眩しくて神々しい不思議な光が差しているような、ずっと心が浮遊しているような気分になるステージでした。そんな中でも、タテさんのやさしい人柄の溢れるMCも大好きで、楽しくて、ただただ安らぎを覚える幸せな時間でした。ありがとうございました。

終演後に、私が一番好きな曲『誕生日』という曲についてずっと聞きたかったことが聞けて、ますますこの曲が好きになって、これからもこの曲をはじめ、タテさんの曲をいつも自然の中で聴いていられる日常にとても幸せを感じています。

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桜座というステージと客席と最高の音と今回の三組と、本当に素晴らしすぎる時間で、でもやっぱりそういう奇跡みたいなものはそこにその時間しか存在しなくて、私は実は今、25日の映像を見ながら聴きながら書いているけれど、この映像ももちろん素晴らしいのだけれど、でも記録はただひたすらに記録であり、あそこに息づいていた空気はあの日あの瞬間にしか生まれない、やっぱりただひたすらに一瞬の奇跡なのだと思いました。

私はやっぱりその瞬間に一人でも多くの人に立ち会ってもらえるように、もっとすべきことがあったしできることがあったなあと思っています。

自分が好きな人に出演していただいて、その人たちを見ていただきたくて、ここに人を呼んでいるので、人前で喋るのが全然得意ではないけれど、自分で直接イベントの中で来てくださった方にお礼が言いたいし、好きな人をちゃんと紹介したくて(ちゃんと喋れてないけど・・・)なんとか喋っています。

それをもっと真剣にやりたくて今の仕事を辞めることにしました。

去年イベントをやって、たくさんの人に協力してもらってイベントにも来ていただいてこの一年間、その縁をちゃんと大切にし続けていたかなあ、学んだことをおろそかにしていなかったかなあと、振り返って、去年から続いている縁も、今回生まれた繋がりも、ずっと大事にして大事にしてちゃんと大事にする一年にしたいと思っています。

だから一年後どうなるのかっていうのは分からないけど、方向は絶対間違ってないなと思っています。

奇跡の瞬間に、より一人でも多くの人に立ち会ってもらえるように、自分の信用を培っていきたいなと思っています。

今回もたくさんの方々にご協力いただきました。

この日この場所を選んで来て下さったお客様!!そして、ダンデライオン中西ヒロキさん・中込伸行さん、Andare国吉亜耶子さん・西川真吾さん、タテタカコさん、山本さん、飯野さん、村松さん、池谷さん、小泉さん、あんりさん、龍野さん、桜座スタッフの皆さん、応援して下さった皆様、家族、本当にありがとうございました!!これからも宜しくお願いいたします。

ナカヤママリコ

~当日配った私のフライヤー~

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楽しく生きるということについて。

生き方・日常・社会問題

 先日、無事にイベントが終了しましたが、その前々日書きかけだった記事をアップします。


私はここ2年くらいの間、かさこ塾に通ったり、ブログを始めたり、5年くらい遠ざかっていた音楽関係の活動を始めたり、西野亮廣さんのオンラインサロンに入ったりして、自由でクリエイティブでクレバーでアクティブで面白くて既存の考え方にとらわれない、そんな素晴らしい人たちにたくさん会えて、本当に楽しい毎日だ。

例えば、はてなブログを始めたことで知り合えたA1理論さんもその一人だ。

今自分も、あまり多くの人が選択しない生き方(上手くいくか分からないけど、好きなことをするために会社員を辞める)をしようとしているが、そうしようと思えたのは、上記のような人たちの考え方にたくさん触れることができたからだと思う。

だけど、実際、上記のような人たちはそもそも、物凄く優秀なのである。大学受験をしていない人もいるかもしれないけれど、例えば同時期に高校で模試を受けていたとしたら、自分より遥か上の偏差値であっただろうし、同じ会社にいたとしたら、絶対に同じポジションにいないはずである。

まず、私は会社員が本当に向いていない。何かの作業を、50人いたら1,2人くらいできない人が出てくる、その1,2人の中に入る人間だと思う。単純作業・・・何かを正確に数えるとか、一つも間違えず清書するとか、10個のタスクを1つも忘れないとか、その作業レベルが50人中99%ができるものだとしたら、できない1%に入る自信がものすごくある。そういう人間は、新しい組織に属した初期の段階で「仕事ができない人」カテゴリに分類される。


そのカテゴリに分類された時点で、当然ながら他の99%に向けられるより数倍厳しい目線で仕事の精度を観察される→失敗した時点で他の99%が同じ失敗をした場合より3倍くらい厳しく叱責される→失敗したくないと強く思う→潜在意識に刷り込まれた失敗したくないという想いがさらに失敗を引き起こす、という悪循環が生まれる。

99%側の人間(の一部)は言う、「できるまで人より努力すればいいだけだ」と。

それは、物理的に・科学的に、間違いなく正しい事実だ。人間ができることにおいて、努力した結果の、伸びしろがゼロということはまず無いはずだ。そんなことは分かっている。


だが、例えば不得意科目30点を5年かけて35点にするような行為を、その法則にあてはめてよいのかということだ。あらかじめ5点分しかないであろう伸びしろに対し、「努力すれば伸びるはずだ」と言い続けていてよいのかということだ。

自分がこの5年強のあいだにしてきたことは、30点を35点にする行為だったと思う。できるようになったことはあった。学んだことはあった。そんなことは当たり前である。人間は、5年間ただボーッと毎日をすごしていても、何一つ成長がない状態で居続けることなど逆に不可能である。だけどその5点は5年の労力と心の痛みに相応であったのかということを、ほんとうは、日々考えていなくてはいけないのだ。


私は音楽が好きで、ライブが好きなので、自分が好きなミュージシャンの方々をいろんな人に見て欲しくて趣味でイベントをやっていた。5年のブランクがあったけれど、去年の3月に山梨に帰ってきて初めてイベントを開催した。2/25は山梨で2回目の開催である。

具体的にどんなことをするのかというのは、長くなるので別の機会に書こうと思うけれど、まあまあ煩雑な仕事ではあると思う。

でもそういえば、自分という人間は50人中49人ができることができない人間なのである。当然この過程で失敗をたくさんする。だけど、全てはなぜか心地よい疲労となり、そして1年前よりできることは、確実にものすごく増えている。

もっとああすればよかった・こうすればよかった、と思うことはたくさんあるけれど、イベントをやめればよかったと思ったことは一度もない。

ここ一年の間、こうやってできるようになったことを、自分の中で点数に換算すれば、50点が70点ぐらいかなあと思う。そして満点は100点じゃなく、100点じゃないことに物凄くわくわくできるのである。

だから是非みんなも好きなことを仕事に!とは今は全然言えない。なぜなら、私は好きなことだけで生活することが、まだできていないからだ。

でも、それを目指そうと思って、まず会社を辞めると決めてから、本当に良いことしか起こっていない。言い方を変えると、何が起きても全部をプラスの方向に考えることができる。

この心地よさは、長らく感じたことが無いと思う。お金では買えない心地よさだ。

人間関係に悩まなくてもいい、重責に怯えなくてもいい、思ったとおりにやってみて、100%自分の責任で失敗し、自分で取り返す。イメージを形にしようと思って、思っていたより10倍くらい上手くいかないことを実感してみる。考えて、またやってみる。それを、応援してくれる人がいる。

過去の自分に申し訳ないことをしていたなあと心から思う。そんなに閉じ込めなくてよかったのに、そんなに我慢をしなくてよかったのに、そんなにできない自分を責めなくてよかったのに、そんなに理不尽を飲み込まなくてよかったのに。

今は、今何者でもない私が自信を持って多くの人にこの生き方を推奨できるような人間になりたいなあというのも一つの目標である。

でも、一番は、ただ、楽しく生きたい。楽しく生きるのだ。そうやって生きられるであろう、根拠のない自信が溢れている。だって間違いないのだ、たぶん。明らかに景色の違う場所が、もうすぐそこに見えているのだから。

最近

わたしのイベント 生き方・日常・社会問題

最近は毎日「○○すればよかったなー」という言葉をつぶやいていて、それって一年前もそうで、ずっとそうで何も変わってないなーと思っています。でも自分のやりたいことがニッチすぎて正解がよくわからない。イベントについてひびやっていることとか書いていきたいなーと3ヶ月前くらいは思っていたけど泥臭すぎて書けない。そんなこと言ってるからだめなんだなー。でも今年はとにかく種をまいていこう。ひたすら!たぶんちょっとしたテクニックとか、効率性とかあるんだろうけど、いろいろやってればだんだん舗装された道にたどり着けそうな気がしています。

今4つのイベントを同時進行で進めています。これやっぱり仕事辞めるからどんどん先の予定が立てられるようになったので、辞めることにして本当に良かったと思いました。正解が全然わからないので、自分なりに思いついたことをどんどんやってこう、とりあえず進もうと思っています。意味ないかもしれないけど、家にいて何もしてないよりネットでつぶやきつづけたほうがいいし、誰にも会わないよりは一人でも多くの人に会ったほうがいいし、時間とかお金とか無駄にするかもしれないけど後でとりかえそうと思います。

来週の土曜日2月25日に、山梨県は甲府市にある桜座というところで、私が好きなミュージシャン3組が出演するイベントがあります。

2017年2月25日(土)@桜座(山梨県甲府市)
ナカヤママリコと楽しむ会 第二回

http://maricommu.net/

【出演】
Andare(ex-国吉亜耶子and西川真吾Duo)(東京)

タテタカコ(長野) 

ダンデライオン(中西ヒロキ&中込伸行)(山梨)

開場 18:00/ 開演 18:30 前売り 3,000円 / 当日3,500円
(共にドリンク代+500円)
※中学生以下無料 お子様連れも歓迎です(´∀`*)
美しい歌の数々を、座ってゆっくりご堪能いただけます。 


■ご予約・お問い合わせ hikari82@hotmail.co.jp (コメント等でも結構です。)
お名前とご希望枚数をお知らせ下さい。
■Facebook ページ 
https://www.facebook.com/events/839648922805045/

■桜座

http://www.sakuraza.jp/

「楽しもう」って変だなあと思ったこと。

わたしのイベント 生き方・日常・社会問題

西野亮廣さんから『えんとつ町のプペル』のクラウドファンディングのリターン「お礼の電話」がきたーーーーー!!ものすごく嬉しい。「どうも~西野です~」ってきたーーーー!!笑

一度出そびれて、西野さんのサロンの中でその時の非通知の電話が西野さんだったことを知って、もうかかってこないかなーと思っていたんだけど、ちゃんとかかってきた。物凄く丁寧にお礼とこれからやりたいことを話して下さった。私はアワアワして、ただ「ファンです、応援してます、嬉しいです」を何度も何度も繰り返していた。めっちゃ汗かいた。

自分のことを話したいなとも、ちょっと思ったけど、いや、いつか直接話せるようになるんだ!と思った。

このクラウドファンディングのリターンの中に、30万で『西野亮廣の独演会を開催できる権利+絵本100冊』と『えんとつ町のプペル展+西野亮廣トークショーを開催できる権利』っていうのがあって、すごく迷ったんだよね。でも2/25に向けていろいろ動いていたのと、自分の手に負えるだろうかとか考えているうちに売り切れちゃったんだけど。

その後、権利を買った人がどんどん個展を開いたり、開く準備をしている様子をFacebookで見て、素人の人も多いのだけれど、西野さんのフィードバックが物凄くて、厳しいけど絶対バカにしない、一緒にいいものにしたいっていう姿勢がほんとうにすごい。だって相手はもう権利を買っちゃっているわけで、自分の手を離れているっちゃ離れているわけで、もちろん自分の作品を扱うイベントだから、クオリティ低すぎたら困るっていうのはあるんだけど、主催でなくとも絶対お客さんを楽しませたいし主催者が成長して欲しいという想いが本当に半端でない。

でも私も、ダメすぎる私もいろんな人に、大好きな人たちにフィードバックをもらっていて、物凄く幸せすぎるのだ!!!!

今日保育園児の前で吹奏楽の演奏をしてきた。子どもは本当に凄いと思った。

面白かったら爆笑するし、質問したらどんどん発言するし、好きな歌は全員熱唱するし、楽器近くに見に来て~って言ったらどんどん来てくれるし。

その場にいる全員が自然と全力で熱唱しちゃうライブって見たことなかったわー!!!いつからこういうことがだんだんできなくなってきちゃうんだっけなー、、、と思った。ちなみに一番熱唱してたのは『勇気100%』。アナ雪もアンパンマンのマーチも大人気だった。

「楽しもう」って言葉、よく聞きますよね。今日はいろいろ忘れて楽しもうとか、せっかくだから楽しもうとか。

「楽しい」って、何も考えずに感じることなんだけど。「甘い」とか「痛い」とかと同じように。でも自分は「楽しい」を100%純粋に感じることを阻害するいろんなものを蓄積しているんじゃないかなあと思った。 そうそう、そういう蓄積(恥ずかしいとか人からどう思われるんだろうとかそういう感情)をひとつずつ捨てていこうと思ってるとこだった。

「ただただ楽しい」に純粋に反応できないくらい感性の鈍りを感じる今であったり自分であったりが、何かをぶつけられたように衝撃を受けて「うわあーいいなあー、これいいなあーーーー」って思う瞬間を、1秒で涙が溢れそうになるあの瞬間を、どうにかこうにかして、他の誰かにも伝えたくて、どうしたらいいのかを考え続けている。全然正解が分からないのだけれど、とりあえずやり続ける。

いつか西野さんに会って話したいな。

再就職